ミュージックDVD

それにつけても素晴らしいのはディースカウの伯爵である。歌唱力が素晴らしいことは当然であるが、驚いたのはその演技力である。最初から最後まで釘付けになることは間違いないが、１か所だけ挙げるとすれば、判決言い渡しの前にフィガロやバルトロを前にして自らの決意を歌う塊??面であろう。ここでのディースカウの表情、特に目の動きには心底感服せざるを得ない。市民と貴族との対立というこのオペラの主題のすべてがここに表現されていると言っても過言ではないと思う。
ポネルの演出が冴える
　オペラ映画として製作され、登場人物の心理的独白では歌は流れるが、歌手は口を開かず演技だけをする。 　ロケやセット、照明や小道具まで神経の行き届いた映像になっており、見事なポネル演出である。序曲でフィガロが自分の部屋から仕分けする荷物の内容も興味深いが、この序曲の背景に関しては海老沢敏氏が詳しく解説してくれている。 　“書物は持っていく。愛読書なのだ（『法の精神』『ヴォルテール全集』など）。ギターは欠かせないが、肖像画（伯爵の肖像。フィガロの働きに感謝して贈られたもの）はちょっと考えた上で、致し方ないからついでに持っていかざるをえない。（中略）フィガロは多芸多趣味な男なのだ。そう、このオペラ映画ならぬ映画オペラの演出家ポネルは私たちに教えてくれてるのだ。そればかりではない。ポネルは、そのフィガロの人となりの紹介に当たって、ボーマルシェの原作を参照していると、私は信じて疑わないのである。（中略）時計商の家に生れ、みずから時計職人ともなった彼は、その後波乱万丈の生涯を送ったが、産を成して、官職を買い、貴族の称号を得て、初婚の相手の土地にちなんでドゥ・ボーマルシェを名乗ったものであった。そのボーマルシェは、古典的教養を身に着けていたが、法律の知識をおのれのものとし、加えて訴訟を起こし、それを有利に選ぶ才を有していた。『ヴォルテール全集』、いわゆる<ケール版>の刊行を自費で試みてもいるのだ。”（海老沢敏｢音楽における愛と死の劇作法｣より）　 　歌手も素晴らしいアンサンブルを聞かせる。 　フレーニのスザンナは、例えば第一幕のマルチェリーナとの応酬でも、あまり強く嫌味を出していなくて、申し分ない。 　キリ・テ・カナワの伯爵夫人はプリッチャード盤（1973年）でも名唱している。夫人のアリア｢楽しい思い出はどこへ｣は両親判明の六重唱の前に置かれている（グラインドボーン音楽祭の演出も同様）。 　ディースカウの伯爵はさすがにうまい。｢ため息をついている間に｣は判事の支度をした伯爵が席について高見から召使いたちを見下ろしながら思うという演出である。 　ケルビーノは抜擢されたマリア・ユーイングである。
きわめつけのフィガロ
何といってもジャン＝ピエール・ポネルの演出が素晴らしい。ストーリー自体がかなり複雑なのに、映像という利点を駆使して見事に処理し、ストーリーを知らない人にもよくわかるように、本当に細かい配慮がなされている。（例：オープニングではフィガロが結婚の引越しのために自分の荷物をまとめているのだが、そこで箱に入れるものそれぞれに関係のある人物のクレジットが出るようになっている。かれが婦人用のかつらを手に取れば伯爵夫人、硬貨の入った袋を手にとれば彼がお金を借りている女中頭、そして伯爵の肖像画を担げば伯爵、というように。）
そしてベームの指揮も、それぞれの当たり役を楽しそうに演じている歌手陣も、こちらが見ていてもうきうきしてくる。